2016年07月

2016年07月30日

「できなくていい」のか「できた方がいい」のかは本人に決めさせる。難易度や進度は子供本人と相談して決めることにした。

チャレンジタッチが決して悪い教材というわけではないが、「ばっちり問題」と言われる最初にクリアするべき問題の中には「とても」がつくくらい簡単な問題もある。

息子は完璧主義なので、間違えるのが大嫌い。
だから、簡単すぎくらいでいいと思っていたらその辺は微妙なところだった。

最近は「簡単すぎるとつまらないからやりたくない」
といったり、
むずかしくて何度も間違えるとイラついて大泣きしたり、どっちがいいのか?よく分からない。
もちろん、その中間の問題がちょうど良いのかもしれないけれど、その加減って非常に難しい。

息子は完璧主義だから、学校でもみんなより先に楽勝にできた方がいいよねと私の判断で勉強させている。その甲斐あって、息子も今は学校の授業は楽だと言っている。
 もし、息子が予習をしなかったらどうなるか?
「学校の勉強が難しすぎてわかんない」と大泣きして、やる気なくして、授業中もぼーっとしてというのが目に見える。勉強は嫌いになるだろう。学校も行きたくなくなるかもしれない。だけど、一応息子に確認してみた。

「学校の勉強、今は簡単だけど、それは先におうちで勉強しているからなんだよ。学校の勉強おうちで先にやらないで行くのもいいけど、そうすると学校で初めてやる勉強が難しく感じられて、できなくて、イライラするだろうけど、もし家で勉強するのが嫌なら学校で初めて勉強するのでもいいんだよ。学校で初めてやると多分わからなかったり、難しかったりして嫌な気持ちになると思うけど、どっちがいい?家で先にやっておいて、学校で余裕があるのと、家で勉強しておかないで学校で初めてやるからよくわからないけど、そこから頑張るの?」

「学校で余裕の方がいい」
と息子。

「だよね?
だったらちょっと面倒くさいけど、学校より先に勉強するのは必要なことだから、簡単すぎる問題は私がやってあげるからやろう」

とまあ、自分自身がどっちの方がいいのか?選ばせた。
息子は人に決められたりすると「やらされた感」が激しくよく怒るのだ。
勉強もいかに「やらされている」か感じさせないようにするには息子の中のどうしたいか?を自分自身にわからせてあげる事が大事かと思う。

私は息子がもし完璧主義じゃなければ、学校の授業で初めてやってつまずいても這い上がって来れる強さがあるなら先取りなんてしなくてもいいなと最近は思っている。あくまでこれは完璧主義で負けず嫌いな息子にとって先にやる事がとても大きな意味を持つのでそうしている。

大人には見える未来、具体的に話してあげて選ばせるのは一つの選択肢だと思う。
 

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educa MaMa saya at 20:44|PermalinkComments(0)子供の勉強法 実践編 | 7歳

「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」それが子供の将来を切り開くきっかけとなるから!

最近色々悩む事がある。
やはり、反復を伴う勉強と言うのはつまらないし辛いもの。怠け者にとっては間違いなくやりたくないこと。

息子は反復練習が好きじゃない。
これをやらせるのは親が色々努力しないと上手くいかない。
親のコンディションが悪いと見てあげられなかったりするわけで、自分から進んでやれる子など一握りなわけで、1人でやる事を最初から望むことはできない。

一緒にやっても文句は多い。
「つまらない」だとかまあ、当然。
自分も反復練習的な勉強はつまらなかったと強烈に記憶している。

どこの家でもよくあることだと思うが、
「勉強したくない」と言われたりして、「本当に勉強しなくていいのか?」悩むことについて、一つのある結論にたどり着いた。
それが、 「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」である。

普通なら、「読み書き計算だけはやらなきゃだめだ」というだろう。
子供が嫌がる「読み書き計算」。反復ばかりで一部の人以外は面白いと思わないのが一般的な勉強。
でも、これってすごく基本で大事と言われている。ここだけは押さえろと。

本当にそうなのか?
冷静に考えると、「読み書き計算」って後回しでもよくない?と思えてきた。
確かに本当に最低限の「読み書き計算」はできないとまずい。

本を読めるレベルの「読み」 
名前をかけるくらいの「書き」
足し算ができるくらいの「計算」

これ以上のことはやらなくてもいいのではないか?と思わず思ってしまったのだった。
だが、絶対外してはいけないのは「理科(日常の自然科学)」「社会(政治、経済など)」「読書(漫画でもいい)」かなと。テストの点とかを取れということではなく、「理科」「社会」に関しては知識として知っておくことだ。ただ覚えるだけならやらないほうが良い。

どうしてこの3つなのか?
物事に興味を持つこと、「どうして?」と思うことを「理科」「社会」の教科から学べる。
 こういう「どうして?」と思う事が学びにつながる。そして、いつか理系の仕事に就きたいと思ったり、社会問題を解決するためには、理科や社会科の色んな知識が必要で、さらにそれを支える国数が必要となる。

中学、高校生くらいになった時、「この職業に就きたい!」とか「この社会問題を解決したい!」とかそういう動機が一番大事だと思うのだ。そして、そういう動機さえ持てれば、必死に国数も勉強しなきゃならないと腹をくくれるので、たとえ、国数がかなり遅れていたとしても、死に物狂いで努力すれば取り戻せるのだ。その死に物狂いで勉強するパワーをくれるのが「理科」「社会」「読書」からの「きっかけ」だと思う。

「将来こういう仕事をしたい!」
「こういうものを作って人の役に立ちたい!」
こういう純粋な気持ちをもたせてくれるのが 「理科」「社会」「読書」だと思う。
そして普通に楽しい。世の中を知れて楽しいし、ひっきりなしに世の中に対しての疑問が湧いたり答えがあったりする。息子は「生活科」が好きだと言っており、新聞記事の内容やニュースにすごい興味関心を持っている。

ただ、単に「国語」「算数」ができるようになっても「一体何の役に立つのか?」見えにくい。
さっきあげた最低限の「読み書き計算」ができればそれ以上の難しい問題を解くことに意味を見出すのはとても難しいこと。意味が見出せないもののために鍛錬していくのはとても過酷で、根気がないと続かない。勉強が嫌いになる。勉強はつまらないものだと勘違いさせる。

もちろん、「国語」「算数」の問題を解く楽しさだとかそういうのは別に伝えていく必要はあるとして、生きる上で直結しているのは「理科」「社会」の方だと思う。そして「読書」が世界を広げる。

だから、私はもし、息子が本当に「もう勉強やりたくない!」となって、私も日頃の疲労などで勉強をやらせる気力がなくなったら「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」という方針で、新聞を毎日一緒に読む事や読書をたくさんさせることは継続しようと思う。でも、その時は計算や漢字は捨てるかもしれない。

以前、「サドベリー・スクール」についての講演会に行ったことがある。
本田健さんのお子さんがサドベリー・スクールに通っており、本田健さんと吉本バナナさん(吉本さんのお子さんも通っている)が対談したり、実際に通っているお子さんや親御さんがどうなのか?話してくれたり、「サドベリー・スクール」を紹介するといった感じの内容だった。

「サドベリー・スクール」では一切勉強を教えない。やらせない。自分たちで話し合い決める。
だから、読み書きを最初からやる普通の学校とは違う。
好きなことをやる。だから、「毎日ゲームばかりやってました」という子が多いそうなのだが、やはり人の作り物はやりこみすぎると飽きがくるようだ。そして、自分から「ドリルやる」と言って漢字ドリルとかをやり始める日が小学校中高学年くらいになると来たりする子が多いと。
学校で教えてもらわなくても、読み書きはできるようになると言っていたのは印象的だった。
そうやって、沢山時間があると自分と向き合う時間が増え、そこで「本当は何をしたいのか?」というもがきが始まるらしい。そこで本当に見つかった夢というのはすごく大きいようでそこから本気で勉強し始めるというのを聞いた。ある意味非常に理にかなっていると思うところがあった。

そういう話を聞いているからかもしれないが、やはり読み書きといった単純反復作業の伴う勉強は「やろう!」と自分が思った時からで遅くないのかなと思った。15歳の子と35歳の大人が同じように勉強し始めたら15歳の子の方が記憶力が良かったりするケースは多いと思うが、一般的に20歳までなら体は成長し続けるのでいつ初めても遅くないのかなと感じる。やると決めてからでも遅くない。

やるきっかけがあればやるのだろうけど、そのきっかけというのは普通に生活していても中々見つけられない。大人だって、「自分が何をしたいのか?」わからないまま生きている人がほとんどだ。
きっかけが非常に大事だと思う。サドベリー・スクールは圧倒的な「退屈な時間」と向き合うことで自分と向き合うことになるという。普通の学校に通っている場合はどうか?圧倒的な「自由な時間」はないといったところだ。 そういう生活の中で自分を見つめたり、世の中の矛盾を感じる為にはやはり、日々新聞に書かれていることを知って驚いたり、本を読んでショックを受けたりする事が大事だなと思うのだ。それがきっかけになるから。

だから私は 「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」という方針で行こうと決意したのだった。


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2016年07月27日

漫画やゲーム。日常生活の娯楽から吸収できる知識は多い。最近の息子の吸収色々。

漫画、ゲームもバカにできない。
最近の息子の知識の吸収に関して。

・「xが横(軸)、yが縦(軸)」と説明してきた。これはプログラミングの講座の時に「x座標」が〇〇より大きい時など定義した事で覚えた。 キャラクターの上にカーソルを合わせると、ある箇所にその位置情報が出てきて(x=6,y=-49など) それを見せながらも説明した。するとすぐに子供は理論を吸収。
「なんで縦がyで横がxなの?」などという疑問はぶつけられなかった。でも、これについて調べて見る意味があるかもしれないなとふと思う。
「これ(xが横、yが縦)は中学生で学ぶんだよ〜。だからまだ1年生で誰も知らないかもよ〜。」と言ったら大喜び。「自分しか知らない」というのは息子にとってのステータスなのだ。

・西と東の位置関係が具体的になってきた。東から日が昇って、西に沈む。(星、月も含め)こう言う知識はあったのだけど、コナンの漫画を読んで「西の服部」という探偵がいる事を説明してきた。「西って地図のNとかそういうのでしょ?」と聞いてきたので「そうそう!Nは北。西って大阪とか?って聞いたら」息子は「確かそっちの方」と。コナンは東らしい。最近私がamazonプライムのアニメで見てハマっている「弱虫ペダル」にも大阪から来た「鳴子」というキャラが出ていて、そいつがすごい大阪弁なので、この話し方を聞くのはこれは子供のためになるなと思ったりする。「方言」という言葉を先に学んでいるが、いまいち説明だけだとしっくりこない。でも、「鳴子」の話し方を聞いていれば「あれが方言か!」とわかるわけだ。(大阪の人に言わせたら、「方言」って言われたら嫌かもしれないけど)

・「5ドルは500円でしょ。10ドルは(ちょっと考えて)1,000円だよね。」
すごい。為替の概念わかってる。
私が為替について教えていたのもあるし、今妖怪ウォッチ3では主人公のケイタがアメリカに引っ越したので「ドル」が使われているようなのだ。
知識を一旦入れ込んだ後、頻繁にその概念が出てくるとそれに対してよく理解するようになる。


 と、まあ、日常生活やサブカルチャーから吸収できる事は色々ある。

身構えて、学習書、図鑑などで固めるより、入り口は楽しいものからである事に越した事ない。
入り口に入ってくれたらここからが凄く肝心なので、そこからは図鑑だとか辞書だとか、webだとか駆使して興味を膨らませてあげるのが大事。
 
小学生のうち、特に低学年の場合、中学受験をしないのであれば特別な勉強しなくても、日常生活から色々吸収できる。ただ、感度の高い子以外は周りの大人がアンテナを張り、入り口から上手く誘導してあげるのが良いと考えている。


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2016年07月25日

親のエゴではなく、子供の将来のためにも子供におしゃれをさせよ!

子供のビジュアル、つまり見た目、服装髪型色々。
これって気にする親と気にしない親がいる。私はバッチリ決めすぎたり、やり過ぎは好きじゃないけど、カッコよく見える、可愛く見えるように髪型や服装を多少コントロールしてあげるのは大事かなと思っている。

服に関しては、子供たちの中でダサくないものを着てればよい。あとは似合う色を着せたりとか。
女の子なら今風のものを着させれば良い。

■そして、大事なのはやっぱり髪型かな?と思う。
それは、髪型って、大人もそうだけど、髪型が変わるだけで3割り増しに見える事が多いからだ。

2歳くらいの子はまあ良いとして、幼児くらいになったら前髪パッツンも大人から見たら可愛いけど、少しすいたりして大人っぽくしてみたら?とか、丸坊主や角刈りはもう少し伸ばしてみたら?坊ちゃん刈りはもう少しすいたら?と思ったりする。

自分が小1の頃、マルコメやスポーツ刈りの子は結構いたけどかっこいいと思わなかった。笑
(イケメン君はスポーツ刈りでもモテたけど   あと、本当のスポーツマンは髪型関係なくモテた。私はスポーツマン好きじゃなかったが。)

これはあくまで私の趣味かもしれないけど、たぶん同一人物の髪型が違う写真を並べてみたら一目瞭然だと思う。


■どうして、私が「親のエゴではなく、子供の将来のためにも子供におしゃれをさせよ!」と思うのか。

それは、かわいい方が、かっこいい方が自信が持てるからだ。
 そして、可愛く見える、かっこよく見える容姿はやはりモテるモテないに多かれ少なかれ影響する。

人間誰しも人から好かれると嬉しいし何より自信に繋がる。
逆に、小さいうちから全く恋愛と無縁すぎる場合、或る日突然得意になる事は稀だ。 

モテる子は恋愛に積極的になれる。逆にモテない子は「恋愛に無縁な状態」だ。それを親が作っておきながら、「なんであんたこの歳になっても結婚しないの?」なんて言えるだろうか?いや言えないだろう。 だけど、学力アップの為に必死に教えるけど、モテ力アップの為に何かを教える親は少ない。
 
元々性格的に放っておいてもモテるタイプや積極的なタイプは容姿に気を配らなくても良いと思うけど、そうじゃない場合、少しでも見た目をよくしておいたほうがモテるわけで、モテるとやはり自信に繋がる。この「自信」が大事だと思う。「自信」は「勇気」にもなるし、「挑戦」にも繋がる。

そして、恋愛をすると1人の相手としっかり向き合えるから自分以外の人間というものをじっくり理解できるわけで、それは生きる上であるに越したことのない能力だと思う。相手のことを思ったり、考えたり、これって仕事でもなんでも必要な力だと思うのだ。 
だから恋愛から程遠くならないように、容姿はそれなりにしてあげた方がいいよね!と思う。 

特に内向的な子の場合、恋愛がほど遠い。容姿が良かったり、雰囲気があったり、スポーツが得意だったり、面白かったりと小学生のうちはそういうのでモテるモテないが決まる。勉強できてもモテるわけではないのが現実だ。

だから、そういうモテポイントがないお子さんの親御さんはお子さんの見た目をよくしてあげると、それだけでかっこよく可愛く見え、それでもし、告白されでもしたらその子に自信をつけさせてあげられるので是非髪型がだけでもかっこよく、可愛くしてあげたらいいのではないか?

小さいうちから自分はもモテないと言うセルフイメージを持ってしまうと、なかなか挽回が難しい。元が良ければ大学生くらいで、頭が良ければお金を稼げる職業についたらモテ期が来るかもしれないけど、そこまでは長すぎると私は思ってしまう。

後、今は2次元で疑似恋愛を楽しめるゲームなどもいろいろあるので、高校生くらいになって、そっちの道で満足しちゃうと、現実世界の方は面倒だからと更にリアルな恋愛などから遠のく人もいると聞く。

色々経験した上で生涯独身を選択するのは良いとして、結婚したくても結婚できないのはやはり親としてもなんとかしてあげたいと思うものだろう。
でも、それって恋愛結婚が一般的な社会では、大人になってから親が何かしてあげようと思っても、何も力にはなれない。できる事があるとしたら時代にそぐわないが、お見合いさせるなどするくらいだろう。


■私が早いうちからオシャレを進める理由がある。
中学生くらいになると、男の子も私服はオシャレをしているように見える。街を歩いているとそう思う。だけど、髪型がいけてない。よく思う。
そして、一部の子は変わりたいと、中高でイメチェンしたりするんだけど、かれこれずーっと見た目を気にせずにいた子はその姿を変える勇気がない。かっこよくしている子に憧れてもなかなかできない。

英語の早期教育について思う事」の記事でも書いたが、中学生になってからいきなり英語の発音をしなさいとなっても、英語の発音をする事がかっこ悪くて気持ち悪い。だから、そんな事を思わず、ふざけて英語の真似をできるくらいの幼少期から英語はやった方が、拒絶反応なく学んでいけると言うのと同じで、オシャレもある程度幼少期からした方が、恥ずかしいとかそういう抵抗なくできるんじゃないか?と思うのだ。

例えば今風の髪型にしたとしよう。
小さいうちならからかわれない。
周りも羨ましいとか思わないから、妬んでからかってくる子もいないだろう。

でも、ちょっと大きくなってから同じ事をやると、妬みなども混ざって、おちょくられる。それを見てる友達は皆おちょくられるのが嫌で、憧れても自分はやろうとしない。多分そうなるのが予想される。

だけど、実際はそこを突破した者や、くぐり抜けてきた者だけが女子にモテたりするのも事実だ。

そう考えると、小さいうちからそういう髪型にしておけば「裏切り者!」と足を引っ張られる事なく過ごせるのではないかと思う。
もちろん髪型だけではないが、中学校は制服だし、髪型をカッコよく可愛くしただけで3割り増しが実現できるのだからやった方がいいに決まっている。


■自分たちの子供の頃を思い出してみよう!
容姿に全く気を使わない、元もよくない、性格もパッとしない、女子と話したりもしないそんな男の子好きになったりしたか?
愛嬌もない、見た目も可愛くしていない、社交性もない、静かな女の子を好きになったりしたか?
ま、色んな趣味の人がいるから中にはこのようなマイナータイプを好きになる人もいたと思うけど、だいたい人気のある子というのはそれなりに見た目を良くしているor元が良い。(性格でめっちゃモテる子はそりゃいたけど。その人には並外れた能力があったわけだ。)

大人になれば、「人は見た目じゃない」と言える面もある。見た目以上に良いものがある人にはそれは言えるけど、性格的にパッとしない場合は見た目でなんとかするしかない。性格より見た目を変える方が簡単だ。でも、大きくなってからだと見た目を変えるのも簡単ではなくなる。そういう意味で幼いうちから大きな力を必要としないうちに見た目を良くしてあげる事ってある意味大事かなと思う。 


■そうそう、子供のヘアカタログまとめ等がweb上にある。
http://matome.naver.jp/odai/2134408856043012001 など。 
ちょっと行き過ぎの髪型も多いが、中にはちょいかっこいい感じのものもある。
もし美容院に行っているのなら、こういった髪型にしてもらうのは良いと思うし、家で親御さんがまねして切るのもありだと思う。
動画も色々出てくるし、子供が小さいうちなら多少の失敗も許されると思う。(笑)
お金をかける必要はないが、子供の見た目に気をかけてあげるというのは大事だ。

うちの場合、息子がお風呂で髪の毛をいじりながら鏡を良く見る時期が年中ごろあり、 そのタイミングでwebの男の子のヘアカタログを見せて、その中から気に入ったものを選んでもらい、いつも通っていた美容院(2000円前後で子供は美容院で切れる)でその髪型をお願いした。それからはずっとその髪型。(私は1000円カットで良いと思っているが、夫が「息子は髪の毛が柔らかいし少ないから美容院で切らないとカッコよくしてもらえない!」という理由で高いが美容院へ通わせている。)

それ以前とそれ以降で、あどけなさが違う。(笑)
それ以前は「可愛らしい」。つまり幼い感じだ。
それ以降は「生意気そう」な感じがある。(笑)

だが、友人知人から (大人)「かっこいい髪型、どこで切っているの?」と聞かれたことが数回ある。
客観的に見てもその髪型は割とよく見えるのかな?と思う。(伸びてきたり、切った直後などはコンディションの良し悪しあるけれども)
おばあちゃん(私の親)にも「あら、〇〇くん、なんか今風の髪型じゃない?」と言われたが、私は「これからの世の中厳しいから、まともにお金も稼げるようになれるかもわからないし、せめて見た目を良くしておかないと結婚してもらえないから」と言ったら、「そうだね(笑)」と納得してくれていた。 おばあちゃんが見たらやっぱり「今時の髪型を幼児がなぜ?」って思うだろうから。

実際の所、このお婆ちゃんに伝えた内容は強ち大袈裟でもなんでもないと思っている。

というわけで、子供にオシャレをさせる事は悪い事ではなく、寧ろメンタル面に良い影響をもたらすと言いたい。

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educa MaMa saya at 23:00|PermalinkComments(0)子供の将来 | ブログ

2016年07月24日

「度の過ぎたおふざけ」が「本当のいじめ」になる前に....

息子が小学生になってわかったこと。
結構子供たちというのはおふざけのレベルが激しいということ。
大人の目がないところだとエスカレートしやすいということ。

1ヶ月くらい前のある日、息子が
「今日ランドセルの中身をお友達に全部出されて投げられた」
と言っていたので、「また大袈裟な事を言っている」とおもいながらも全部話を聞いてあげた。

それは朝の登校時で、校門の前か?入ってからか?よく分からないが、いつも一緒に登校している男の子達がクラスによって分散した後のことなので校門に入った後の話だと思う。
仲の良い男の子お友達の1人が、息子のランドセルを勝手に開けて色んなものを取り出しては放り投げ、やっているともう一人仲の良い男の子のお友達もランドセルの中身を一緒に放り投げていったようだ。
教科書も、筆箱も、手提げ袋の中身もなんでもかんでも投げられてしまったと。
又、さらにそこにいた同じクラスの女子2名も加わり、4人にランドセルの中身などを床に放り投げられてしまったとのこと。

息子は「やめて」と言ったけど、やめてもらえず大泣きしたと。でも先生が近くにいなくて言えなかったと言っていた。

息子の言っている事が本当かわからないし、聞いているとなんか結構激しすぎるので、とりあえず担任の先生に連絡帳でその旨を伝えた。特に2人の女の子は同じクラスだし、私は親も知らないので「事実を確認して欲しいです」とお願いした。

すると、先生はすぐに事実確認に時間を使ってくれた。
息子に話を聞いたり、その女の子2名を呼んで話をしてくれたと。
理由は「ついつい面白そうだったので加わって、一緒にランドセルの中身を投げてしまった」と。
先生はその子たちに「自分がやられたら どう思う?」など聞いてくれ、最終的に謝ってくれたとのこと。

それから、クラスは違うし、名前も連絡帳に書いてないけど、仲のいい男の子2名も先生に呼ばれ、事情聴取された。二人も面白くなってついついやってしまったと。一人はすごい反省して大号泣で謝ってくれたとのこと。

二人とも普段仲良しなので、まあそんなところだろうなと思っていたけど、やっぱり子供って結構「面白い」という気持ちだけでお友達に嫌なことしちゃうんだなと思った。 
そう思うと、こういう事って特別なことじゃないし、誰がやられていてもおかしくないんだろうなと思った。

息子は基本的にやり返したりしないので、どちらかというとやられるタイプだ。
水泳教室で見学席から見ていても、知らない男の子によくちょっかいを出されている。(くすぐられたり) 笑いながら「やめて!」と言っているようだけど、そういうタイプはしつこくてやめてくれない。しかも色んな男の子にやられている。でも息子はやり返したりしない。滅多なことがない限りやり返さない。(そのかわり口は達者だ。)

こういう「いじめ」じゃないけど、おふざけの度が過ぎたものは結構子供の世界ではあることだとわかったのだが、これはやはり、「やめて!」とも言えない子や、やり返さない子がどんどんやられる側になるんだろうなと思った。

度がすぎると、やられた側は傷つく。やった側は何も感じていない。「遊んでいる」くらいに思っている。この時、このやられた側の「傷」が「自信」を無くさせていく。「またやられる」とかそういう思考回路になる。するとどんどん「やられる側」オーラが出てくる。これが厄介だ。「やられる側のオーラ」が出てくると、ターゲットにどんどんされていく。

自分たちが子供の頃、「いじめ」はなかったにしても「仲間はずれ」にされているような子はいなかっただろうか?「陰湿ないじめ」まで行かないが「仲間はずれ」というより、「仲間に入れたくない」「一緒に遊びたくない」という感じだろうか。

この「やられる側オーラ」が出てしまうと、そういう「人を寄せ付けない人」にどんどんなっていく。
世界のことはわからないが、日本ではそういう人と友達でいるとその友達まで同類とみなされ、友達が減っていったりすることもある。正義感だとかそういうので「仲間はずれの子を助けなきゃ」とか思うけれども、助けた後、そのこと一緒にいたいかといえばそういう風にはならないのが現実だ。楽しいオーラの子と遊びたい。一緒にいたい。それが人間の感性だと思う。

そう思うと、この「やられる側のオーラ」を纏ってはいけないのだ。これを纏う時間が長くなると自分の力では「やられる側のオーラ」を取り除くのがむずかしくなる。「転校」など環境を変え、更に「自分のオーラ」を変え、ということを一度にやらないと人生が変わっていかない。

私は思う。
この「やられる側のオーラ」が出る前に親がなんとかしなきゃいけないのだと。
そのためには、日頃から子供の様子は把握しておかないといけないし、子供といろいろ話せる関係になっておく必要がある。そして、うちであったような「ちょっと度の過ぎたおふざけ」があったらすぐに先生などに確認すること。これが大事だと思う。そうやって、度の過ぎたおふざけは先生に注意してもらって、謝ってもらって傷ついた本人は自信を回復させる。これが大事だ。特に、小1など低学年は「やってはいけない」とわかっていても、おふざけとリンクしない子が多い。そこをきっちり親以外の大人に指導してもらう事で、同じようなおふざけはしなくなり、エスカレートする事はなくなる。
先生に注意してもらう事は特に、低学年のうちは「エスカレート」を阻止するのに大事な事だ。


逆に、「やられる側のオーラ」がなければいじめられっこにならないという事実もある。
私がその当事者だ。いや、大人になって思うと明らかにかなり「いじめられていた」にもかかわらず、それが「いじめ」だと気付かなかった。 (笑)

小3の時、転校したのだが、小3のクラスで転校するまでの間、 数ヶ月間男子5人くらいとおデブちゃんの男の子みたい性格のランニングシャツに短パンの女の子に散々叩かれたり、下敷きの縦側で頭を叩かれたり(縦って、超痛い方ね)、唾をかけられたり酷い目に遭っていた。やられてもやられても私は平気な顔をしていた。 それが「いじめ」的なものだと思っていなかったから。

私は自分に自信があった。それは公文式で当時中学レベルの計算まで進んでいたし、ピアノ教室ではピアノは同じ学年では1番うまかった。多分、そんな自分が「いじめられる」というセルフイメージが全くなかったのだろう。勉強ができたから、自分が人から嫌われていじめられていると認識できていなかった。夏祭りでも唾をかけられたりしたのを我慢して堪えていたのか、迎えに来た母親を見て泣いた。
それでも、自分がいじめられていると気付かなかった。
先生にも言ったと思うけど、やっぱり先生の見ていないところでやるわけだし、先生に注意されると「すいません」って素直に謝る奴らだった。子供って大人が思っているよりずる賢い。
とまあ、私はきっといじめたくなるくらい性格悪かったんだなって、未だとわかる。(笑)

でも、自分ではいじめられていたと思っていないし、自信を喪失するようなことはなかった。
私は「勉強もピアノもできたから」(笑)。

引っ越した後も、生意気なことばかり言っていたようでいじめられた。今考えるといじめられていた。友達が数名助けてくれたり、仲間になってくれたり先生に言ってくれたりした事もあり、いじめられているという自覚はなかった。でも、親にそういう話を多分私がしたんだろう。そしたら先生に連絡帳か手紙か書いてくれ、担任が熱血教師だった事もあり、いじめをする3人ほどの男子を呼び出してくれ、話をし、最後は素直に「ごめんなさい」と謝ってくれた。

私自身はいじめられていると思っていなかったけど、何をされたかも私は忘れたけど、親は気付いたのだ。もし、そのいじめの期間も長引き、仲間になってくれる友達もいなかったら私は完全なる「やられる側のオーラ」を纏い始め、本当に友達がいなくなってしまっただろうと思う。

この「やられる側のオーラ」を纏うまでの期間は私のような自信過剰だった子だと長く、自信のない子は短いのかもしれない。 そういう意味で、子供に絶対的な自信は何かでつけさせてあげるのがいいなとは思う。(私は自分自身が今となってはとても批判している「公文式」にこの時は助けられているという。。。。)

 そして、何より「やられる側のオーラ」を纏う前に度の過ぎたいたずらを何とかして食い止めるのが大事だと思う。

そうそう、友人で、妹がいじめられているのを知って、妹のクラスに乗り込み「誰が妹をいじめたんじゃー!」と怒ったという方がいる。みんなビビったそうだ。それはとても大きな効果を発揮したという。
こういうのって大事だ。

「いじめはよくない」とか言うのは簡単だけど、いじめが本格的に始まってしまうと止めるのは非常にむずかしくなる現実がある以上、「おふざけ」から「いじめ」になる前に 食い止めなきゃいけない。
そう私は考えている。 

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educa MaMa saya at 23:50|PermalinkComments(0)7歳 | ブログ
■プロフィール
saya
2児の母、教育ママ、
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家事嫌い、改善好き

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