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2016年08月09日

酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)の母の手記を読んで思った事 繊細な子には「勉強でもなんでも良いので自信をつけさせるべき!」

酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)の母の手記「『少年A』この子を産んで…」を妹が貸してくれたので読んだ。(こちらは相当昔の本。「 絶歌」は読んでいない)

これを読んでびっくりしたのは「前兆」と思われる事件などが、何度も何度も行われていた事。そして、それは小学校5年生の頃から目に見える形で始まっていたという事。

この手記にはいろんな批判があり、実際は母親のおかしな言動なども様々取り上げられているので、この本1冊読んだだけで全てを結論づける事はできない。

ただ、読んでいて思った事。
大きくなればなるほど、軌道修正は難しいという事。
それは、親子の関係だったり、少年の自分に対するイメージだったり。

大きくなってから何とかしようと相当努力すれば人は変われる。それは嘘ではないけれど、素直な心が生きている小学校3、4年の間に、心の歪みは、心の傷は癒し始めてあげないと後々大変な事になっていくのは間違いないと思えた。

私が個人的に思ったのは、まずこの少年Aは非常に繊細な性格に生まれた。ここはうちの息子とも被るのですごくよくわかるのだ。かなり、丁寧に育ててあげないと歪む可能性のある部類の子だ。ある意味凄くまっすぐで、まっすぐすぎて周りがついていけないくらい。

少年Aはかわいそうな事に、自分とは真逆の非常に鈍感な母の元に生まれ、更に年子の弟、更に2個下の弟がいる。
お父さんは仕事が忙しく家にはいない事も多く、子供には無関心だったという情報もネットにはある。
仮にお母さんの性格が鈍感でなくとも、お母さん1人で歳のかなり近い三人の息子を育てるというのは想像を絶する程の大変さだ。
上の子を放置せざるを得なくなるのは目に見える。厳しくなるのも仕方ない。

上の子ほど、ケアしないといけないという話は最近よく聞く。
上の子はどんどん奪われていく側の人間だから、「我慢しろ」というのはあまりに酷な話だと思うし。
まずそこはかなり少年Aに与えた影響は大きい。


そして、このフォローのない状況でお母さんはこの繊細な少年Aに対して、「勉強なんかできなくてもいい。社会に適応できる、世間に出して恥ずかしくない人間になってくれさえすれば、それでいいではないか。」と思って育てたそうだ。

ここも、問題は大きいなと私は考えている。
この少年Aのような繊細な子の場合、何か勉強でも、スポーツでも、絵や音楽でも一つでも自分はこれができるという自信を持たせてあげないといけないと思っている。

繊細である事は他の人とは違うということ。他の人より感じ易いという事は疎外感を感じやすいのだ。疎外感を感じていくと自分を守る為に「自分は特別な人間だ」とかある種の「選民意識」みたいのを持ち始める。

こういうタイプであっても、もし何か得意なことや好きな事などうち込めるものがあれば、そこに向かって人と違う自分を受け入れられた。でも、彼には打ち込むものがないから、「自分にはこれ」と言うのがないから、だから、この疎外感を攻撃的な物として表現するしかなかったのだろう。

そして、こういう繊細な子が勉強をやらされて良い成績だったり、音楽やスポーツをやらされて期待されて辛かった時、少年Aのように情緒不安定になる事はよくある事だと思うのだが、もし仮に何か得意な事があったとしよう。それが親にやらされていたとすると尚更反抗心が生まれる訳なのだが、その時もし得意な事があったら、「それを止めてやる!」と言う大きな反抗ができる訳だ。犯行にならずに。

少年Aの場合、Aのお母さんが 「社会に適応できる、世間に出して恥ずかしくない人間になってくれさえすれば、それでいいではないか」と言っていたので、それに対しての反抗とも言えるかもしれない。(社会に適応できる、世間に出して恥ずかしくない人間になってくれさえすれば、それでいいではないかなんて、ある意味勉強できる子になってほしいより求められている事のレベルが高いかもしれない)

疎外感を感じている者ならやはり自分が実は普通じゃない事をどこかカミングアウトしてやりたい気持ちに苛まれている。その表現方法として、「ドロップアウト」と言うカードが使えるのだ。

そしてそのカードは「誰かから期待されている」からこそ使う事ができるのだ。
誰からも期待されていない者が使っても見向きもされない。すると、振り向いてもらう為にとんでもない事をし始めるようになる。

そういう意味で、子供に対して「期待してるんだよ」と表現する事は大事であり、何か一つでも得意な事などを見つけて自信をつけさせてあげる事。これは非常に大事だと思う。


ちなみに私がこう、繊細な人の気持ちが想像できるのは自分自身がある時期突然この繊細な人間になり始めたからだ。
私の場合、2面性というか、繊細だったのは乳児の時期と中学生以降で、高校生くらいからは繊細な自分とずぼらな私が統合されてきた感じだ。

私が高校生の頃この事件は起こった。その時思った事は
「一歩間違えたら、自分も同じような事をしていたかもしれない」
と言う事だ。その時は寒気がした。息苦しくなった。

私だけでなく、多分こう思った子は他にも沢山いるだろう。それくらい、酒鬼薔薇聖斗予備軍はその辺にいるのであり、何も特別な事ではないと思う。

ある最悪な条件が揃いに揃ってしまったから酒鬼薔薇聖斗は生まれた。

その最悪な条件の一つに、
「親から人格面以外、期待されなかった事」と
「自信を持てる事や打ち込める事がなかった事」
があるのだろうと私は考えている。

母親が鈍感な性格から繊細な性格に変わる事はほぼ不可能。
歳の近い兄弟が沢山いて幼児期から自立を求められ厳しくされるというのは簡単には変えられない。

歳がくっついているなら下の子の年齢もあっという間に上がるので、手がかからなくなるのも早い。
もし、歳の近い下がいてフォローできなかったとしたら小学校半ばまでにはフォローしてあげたほうが良いだろう。

まだ、純粋な心を持って大人の話を聞けるうちに。


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2016年07月25日

親のエゴではなく、子供の将来のためにも子供におしゃれをさせよ!

子供のビジュアル、つまり見た目、服装髪型色々。
これって気にする親と気にしない親がいる。私はバッチリ決めすぎたり、やり過ぎは好きじゃないけど、カッコよく見える、可愛く見えるように髪型や服装を多少コントロールしてあげるのは大事かなと思っている。

服に関しては、子供たちの中でダサくないものを着てればよい。あとは似合う色を着せたりとか。
女の子なら今風のものを着させれば良い。

■そして、大事なのはやっぱり髪型かな?と思う。
それは、髪型って、大人もそうだけど、髪型が変わるだけで3割り増しに見える事が多いからだ。

2歳くらいの子はまあ良いとして、幼児くらいになったら前髪パッツンも大人から見たら可愛いけど、少しすいたりして大人っぽくしてみたら?とか、丸坊主や角刈りはもう少し伸ばしてみたら?坊ちゃん刈りはもう少しすいたら?と思ったりする。

自分が小1の頃、マルコメやスポーツ刈りの子は結構いたけどかっこいいと思わなかった。笑
(イケメン君はスポーツ刈りでもモテたけど   あと、本当のスポーツマンは髪型関係なくモテた。私はスポーツマン好きじゃなかったが。)

これはあくまで私の趣味かもしれないけど、たぶん同一人物の髪型が違う写真を並べてみたら一目瞭然だと思う。


■どうして、私が「親のエゴではなく、子供の将来のためにも子供におしゃれをさせよ!」と思うのか。

それは、かわいい方が、かっこいい方が自信が持てるからだ。
 そして、可愛く見える、かっこよく見える容姿はやはりモテるモテないに多かれ少なかれ影響する。

人間誰しも人から好かれると嬉しいし何より自信に繋がる。
逆に、小さいうちから全く恋愛と無縁すぎる場合、或る日突然得意になる事は稀だ。 

モテる子は恋愛に積極的になれる。逆にモテない子は「恋愛に無縁な状態」だ。それを親が作っておきながら、「なんであんたこの歳になっても結婚しないの?」なんて言えるだろうか?いや言えないだろう。 だけど、学力アップの為に必死に教えるけど、モテ力アップの為に何かを教える親は少ない。
 
元々性格的に放っておいてもモテるタイプや積極的なタイプは容姿に気を配らなくても良いと思うけど、そうじゃない場合、少しでも見た目をよくしておいたほうがモテるわけで、モテるとやはり自信に繋がる。この「自信」が大事だと思う。「自信」は「勇気」にもなるし、「挑戦」にも繋がる。

そして、恋愛をすると1人の相手としっかり向き合えるから自分以外の人間というものをじっくり理解できるわけで、それは生きる上であるに越したことのない能力だと思う。相手のことを思ったり、考えたり、これって仕事でもなんでも必要な力だと思うのだ。 
だから恋愛から程遠くならないように、容姿はそれなりにしてあげた方がいいよね!と思う。 

特に内向的な子の場合、恋愛がほど遠い。容姿が良かったり、雰囲気があったり、スポーツが得意だったり、面白かったりと小学生のうちはそういうのでモテるモテないが決まる。勉強できてもモテるわけではないのが現実だ。

だから、そういうモテポイントがないお子さんの親御さんはお子さんの見た目をよくしてあげると、それだけでかっこよく可愛く見え、それでもし、告白されでもしたらその子に自信をつけさせてあげられるので是非髪型がだけでもかっこよく、可愛くしてあげたらいいのではないか?

小さいうちから自分はもモテないと言うセルフイメージを持ってしまうと、なかなか挽回が難しい。元が良ければ大学生くらいで、頭が良ければお金を稼げる職業についたらモテ期が来るかもしれないけど、そこまでは長すぎると私は思ってしまう。

後、今は2次元で疑似恋愛を楽しめるゲームなどもいろいろあるので、高校生くらいになって、そっちの道で満足しちゃうと、現実世界の方は面倒だからと更にリアルな恋愛などから遠のく人もいると聞く。

色々経験した上で生涯独身を選択するのは良いとして、結婚したくても結婚できないのはやはり親としてもなんとかしてあげたいと思うものだろう。
でも、それって恋愛結婚が一般的な社会では、大人になってから親が何かしてあげようと思っても、何も力にはなれない。できる事があるとしたら時代にそぐわないが、お見合いさせるなどするくらいだろう。


■私が早いうちからオシャレを進める理由がある。
中学生くらいになると、男の子も私服はオシャレをしているように見える。街を歩いているとそう思う。だけど、髪型がいけてない。よく思う。
そして、一部の子は変わりたいと、中高でイメチェンしたりするんだけど、かれこれずーっと見た目を気にせずにいた子はその姿を変える勇気がない。かっこよくしている子に憧れてもなかなかできない。

英語の早期教育について思う事」の記事でも書いたが、中学生になってからいきなり英語の発音をしなさいとなっても、英語の発音をする事がかっこ悪くて気持ち悪い。だから、そんな事を思わず、ふざけて英語の真似をできるくらいの幼少期から英語はやった方が、拒絶反応なく学んでいけると言うのと同じで、オシャレもある程度幼少期からした方が、恥ずかしいとかそういう抵抗なくできるんじゃないか?と思うのだ。

例えば今風の髪型にしたとしよう。
小さいうちならからかわれない。
周りも羨ましいとか思わないから、妬んでからかってくる子もいないだろう。

でも、ちょっと大きくなってから同じ事をやると、妬みなども混ざって、おちょくられる。それを見てる友達は皆おちょくられるのが嫌で、憧れても自分はやろうとしない。多分そうなるのが予想される。

だけど、実際はそこを突破した者や、くぐり抜けてきた者だけが女子にモテたりするのも事実だ。

そう考えると、小さいうちからそういう髪型にしておけば「裏切り者!」と足を引っ張られる事なく過ごせるのではないかと思う。
もちろん髪型だけではないが、中学校は制服だし、髪型をカッコよく可愛くしただけで3割り増しが実現できるのだからやった方がいいに決まっている。


■自分たちの子供の頃を思い出してみよう!
容姿に全く気を使わない、元もよくない、性格もパッとしない、女子と話したりもしないそんな男の子好きになったりしたか?
愛嬌もない、見た目も可愛くしていない、社交性もない、静かな女の子を好きになったりしたか?
ま、色んな趣味の人がいるから中にはこのようなマイナータイプを好きになる人もいたと思うけど、だいたい人気のある子というのはそれなりに見た目を良くしているor元が良い。(性格でめっちゃモテる子はそりゃいたけど。その人には並外れた能力があったわけだ。)

大人になれば、「人は見た目じゃない」と言える面もある。見た目以上に良いものがある人にはそれは言えるけど、性格的にパッとしない場合は見た目でなんとかするしかない。性格より見た目を変える方が簡単だ。でも、大きくなってからだと見た目を変えるのも簡単ではなくなる。そういう意味で幼いうちから大きな力を必要としないうちに見た目を良くしてあげる事ってある意味大事かなと思う。 


■そうそう、子供のヘアカタログまとめ等がweb上にある。
http://matome.naver.jp/odai/2134408856043012001 など。 
ちょっと行き過ぎの髪型も多いが、中にはちょいかっこいい感じのものもある。
もし美容院に行っているのなら、こういった髪型にしてもらうのは良いと思うし、家で親御さんがまねして切るのもありだと思う。
動画も色々出てくるし、子供が小さいうちなら多少の失敗も許されると思う。(笑)
お金をかける必要はないが、子供の見た目に気をかけてあげるというのは大事だ。

うちの場合、息子がお風呂で髪の毛をいじりながら鏡を良く見る時期が年中ごろあり、 そのタイミングでwebの男の子のヘアカタログを見せて、その中から気に入ったものを選んでもらい、いつも通っていた美容院(2000円前後で子供は美容院で切れる)でその髪型をお願いした。それからはずっとその髪型。(私は1000円カットで良いと思っているが、夫が「息子は髪の毛が柔らかいし少ないから美容院で切らないとカッコよくしてもらえない!」という理由で高いが美容院へ通わせている。)

それ以前とそれ以降で、あどけなさが違う。(笑)
それ以前は「可愛らしい」。つまり幼い感じだ。
それ以降は「生意気そう」な感じがある。(笑)

だが、友人知人から (大人)「かっこいい髪型、どこで切っているの?」と聞かれたことが数回ある。
客観的に見てもその髪型は割とよく見えるのかな?と思う。(伸びてきたり、切った直後などはコンディションの良し悪しあるけれども)
おばあちゃん(私の親)にも「あら、〇〇くん、なんか今風の髪型じゃない?」と言われたが、私は「これからの世の中厳しいから、まともにお金も稼げるようになれるかもわからないし、せめて見た目を良くしておかないと結婚してもらえないから」と言ったら、「そうだね(笑)」と納得してくれていた。 おばあちゃんが見たらやっぱり「今時の髪型を幼児がなぜ?」って思うだろうから。

実際の所、このお婆ちゃんに伝えた内容は強ち大袈裟でもなんでもないと思っている。

というわけで、子供にオシャレをさせる事は悪い事ではなく、寧ろメンタル面に良い影響をもたらすと言いたい。

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2016年07月24日

「度の過ぎたおふざけ」が「本当のいじめ」になる前に....

息子が小学生になってわかったこと。
結構子供たちというのはおふざけのレベルが激しいということ。
大人の目がないところだとエスカレートしやすいということ。

1ヶ月くらい前のある日、息子が
「今日ランドセルの中身をお友達に全部出されて投げられた」
と言っていたので、「また大袈裟な事を言っている」とおもいながらも全部話を聞いてあげた。

それは朝の登校時で、校門の前か?入ってからか?よく分からないが、いつも一緒に登校している男の子達がクラスによって分散した後のことなので校門に入った後の話だと思う。
仲の良い男の子お友達の1人が、息子のランドセルを勝手に開けて色んなものを取り出しては放り投げ、やっているともう一人仲の良い男の子のお友達もランドセルの中身を一緒に放り投げていったようだ。
教科書も、筆箱も、手提げ袋の中身もなんでもかんでも投げられてしまったと。
又、さらにそこにいた同じクラスの女子2名も加わり、4人にランドセルの中身などを床に放り投げられてしまったとのこと。

息子は「やめて」と言ったけど、やめてもらえず大泣きしたと。でも先生が近くにいなくて言えなかったと言っていた。

息子の言っている事が本当かわからないし、聞いているとなんか結構激しすぎるので、とりあえず担任の先生に連絡帳でその旨を伝えた。特に2人の女の子は同じクラスだし、私は親も知らないので「事実を確認して欲しいです」とお願いした。

すると、先生はすぐに事実確認に時間を使ってくれた。
息子に話を聞いたり、その女の子2名を呼んで話をしてくれたと。
理由は「ついつい面白そうだったので加わって、一緒にランドセルの中身を投げてしまった」と。
先生はその子たちに「自分がやられたら どう思う?」など聞いてくれ、最終的に謝ってくれたとのこと。

それから、クラスは違うし、名前も連絡帳に書いてないけど、仲のいい男の子2名も先生に呼ばれ、事情聴取された。二人も面白くなってついついやってしまったと。一人はすごい反省して大号泣で謝ってくれたとのこと。

二人とも普段仲良しなので、まあそんなところだろうなと思っていたけど、やっぱり子供って結構「面白い」という気持ちだけでお友達に嫌なことしちゃうんだなと思った。 
そう思うと、こういう事って特別なことじゃないし、誰がやられていてもおかしくないんだろうなと思った。

息子は基本的にやり返したりしないので、どちらかというとやられるタイプだ。
水泳教室で見学席から見ていても、知らない男の子によくちょっかいを出されている。(くすぐられたり) 笑いながら「やめて!」と言っているようだけど、そういうタイプはしつこくてやめてくれない。しかも色んな男の子にやられている。でも息子はやり返したりしない。滅多なことがない限りやり返さない。(そのかわり口は達者だ。)

こういう「いじめ」じゃないけど、おふざけの度が過ぎたものは結構子供の世界ではあることだとわかったのだが、これはやはり、「やめて!」とも言えない子や、やり返さない子がどんどんやられる側になるんだろうなと思った。

度がすぎると、やられた側は傷つく。やった側は何も感じていない。「遊んでいる」くらいに思っている。この時、このやられた側の「傷」が「自信」を無くさせていく。「またやられる」とかそういう思考回路になる。するとどんどん「やられる側」オーラが出てくる。これが厄介だ。「やられる側のオーラ」が出てくると、ターゲットにどんどんされていく。

自分たちが子供の頃、「いじめ」はなかったにしても「仲間はずれ」にされているような子はいなかっただろうか?「陰湿ないじめ」まで行かないが「仲間はずれ」というより、「仲間に入れたくない」「一緒に遊びたくない」という感じだろうか。

この「やられる側オーラ」が出てしまうと、そういう「人を寄せ付けない人」にどんどんなっていく。
世界のことはわからないが、日本ではそういう人と友達でいるとその友達まで同類とみなされ、友達が減っていったりすることもある。正義感だとかそういうので「仲間はずれの子を助けなきゃ」とか思うけれども、助けた後、そのこと一緒にいたいかといえばそういう風にはならないのが現実だ。楽しいオーラの子と遊びたい。一緒にいたい。それが人間の感性だと思う。

そう思うと、この「やられる側のオーラ」を纏ってはいけないのだ。これを纏う時間が長くなると自分の力では「やられる側のオーラ」を取り除くのがむずかしくなる。「転校」など環境を変え、更に「自分のオーラ」を変え、ということを一度にやらないと人生が変わっていかない。

私は思う。
この「やられる側のオーラ」が出る前に親がなんとかしなきゃいけないのだと。
そのためには、日頃から子供の様子は把握しておかないといけないし、子供といろいろ話せる関係になっておく必要がある。そして、うちであったような「ちょっと度の過ぎたおふざけ」があったらすぐに先生などに確認すること。これが大事だと思う。そうやって、度の過ぎたおふざけは先生に注意してもらって、謝ってもらって傷ついた本人は自信を回復させる。これが大事だ。特に、小1など低学年は「やってはいけない」とわかっていても、おふざけとリンクしない子が多い。そこをきっちり親以外の大人に指導してもらう事で、同じようなおふざけはしなくなり、エスカレートする事はなくなる。
先生に注意してもらう事は特に、低学年のうちは「エスカレート」を阻止するのに大事な事だ。


逆に、「やられる側のオーラ」がなければいじめられっこにならないという事実もある。
私がその当事者だ。いや、大人になって思うと明らかにかなり「いじめられていた」にもかかわらず、それが「いじめ」だと気付かなかった。 (笑)

小3の時、転校したのだが、小3のクラスで転校するまでの間、 数ヶ月間男子5人くらいとおデブちゃんの男の子みたい性格のランニングシャツに短パンの女の子に散々叩かれたり、下敷きの縦側で頭を叩かれたり(縦って、超痛い方ね)、唾をかけられたり酷い目に遭っていた。やられてもやられても私は平気な顔をしていた。 それが「いじめ」的なものだと思っていなかったから。

私は自分に自信があった。それは公文式で当時中学レベルの計算まで進んでいたし、ピアノ教室ではピアノは同じ学年では1番うまかった。多分、そんな自分が「いじめられる」というセルフイメージが全くなかったのだろう。勉強ができたから、自分が人から嫌われていじめられていると認識できていなかった。夏祭りでも唾をかけられたりしたのを我慢して堪えていたのか、迎えに来た母親を見て泣いた。
それでも、自分がいじめられていると気付かなかった。
先生にも言ったと思うけど、やっぱり先生の見ていないところでやるわけだし、先生に注意されると「すいません」って素直に謝る奴らだった。子供って大人が思っているよりずる賢い。
とまあ、私はきっといじめたくなるくらい性格悪かったんだなって、未だとわかる。(笑)

でも、自分ではいじめられていたと思っていないし、自信を喪失するようなことはなかった。
私は「勉強もピアノもできたから」(笑)。

引っ越した後も、生意気なことばかり言っていたようでいじめられた。今考えるといじめられていた。友達が数名助けてくれたり、仲間になってくれたり先生に言ってくれたりした事もあり、いじめられているという自覚はなかった。でも、親にそういう話を多分私がしたんだろう。そしたら先生に連絡帳か手紙か書いてくれ、担任が熱血教師だった事もあり、いじめをする3人ほどの男子を呼び出してくれ、話をし、最後は素直に「ごめんなさい」と謝ってくれた。

私自身はいじめられていると思っていなかったけど、何をされたかも私は忘れたけど、親は気付いたのだ。もし、そのいじめの期間も長引き、仲間になってくれる友達もいなかったら私は完全なる「やられる側のオーラ」を纏い始め、本当に友達がいなくなってしまっただろうと思う。

この「やられる側のオーラ」を纏うまでの期間は私のような自信過剰だった子だと長く、自信のない子は短いのかもしれない。 そういう意味で、子供に絶対的な自信は何かでつけさせてあげるのがいいなとは思う。(私は自分自身が今となってはとても批判している「公文式」にこの時は助けられているという。。。。)

 そして、何より「やられる側のオーラ」を纏う前に度の過ぎたいたずらを何とかして食い止めるのが大事だと思う。

そうそう、友人で、妹がいじめられているのを知って、妹のクラスに乗り込み「誰が妹をいじめたんじゃー!」と怒ったという方がいる。みんなビビったそうだ。それはとても大きな効果を発揮したという。
こういうのって大事だ。

「いじめはよくない」とか言うのは簡単だけど、いじめが本格的に始まってしまうと止めるのは非常にむずかしくなる現実がある以上、「おふざけ」から「いじめ」になる前に 食い止めなきゃいけない。
そう私は考えている。 

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2児の母、教育ママ、
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