子供の将来

2017年01月25日

あの時自分に知識があったらもっと真剣に将来の事を考えられていたのにという思いと、それと変わらない若者達を見て思うのだ

知らないことでみんながみんな不幸になっていく。
企業で働いていると、採用の現実を知りそういう気持ちが強くなっていく。

今も10数年前の私の時代も学生達はあまり変わらない気がしている。
勿論、一部は変わっているけれども、就職難の学生は今もたくさんいて、皆名だたる大企業にこぞって応募する。

しっかり調べて対策して通過する者だってたくさんいるだろう。
でも、落ちる人は落ち続け、内定する者は何社も内定をもらい続ける。

私の勤める社員数約1,000人の中小企業にはなかなか人が集まらない。
これはうちの会社に限らず中小企業は一部を除いてはどこもこんな感じのようだ。 
(当然のことながら、人を選んでいるから取れないというのもある。業種柄理系を採用というのもあるし)

何も知識がなければ将来安泰の企業や福利厚生が充実していたり、働きやすい企業を選ぶしかない。
だから、大企業に人が群がるのは納得がいく。

それから、すでに企業で働いている人たちに関しても同様のことを感じる。
新しいスキルをつけて、次のステップ(転職だったり、転勤だったり) をしていくのがこれからの時代は自分の将来を安全にするものだと最近は思うのだけど、そういう風に考えている人って少ないんだなと。(育児や介護、持病等で難しい方を除いて)

これだけ「大企業にいるからといって一生安泰とは言えない」などと言われ始めてから時間も経っているのに。。。。

元リクルート、元杉並区和田中学校校長の藤原和博氏が良く書いたり話したりしている
「レアカードになれ!」という話がある。
3つの分野をそれぞれ10000時間ずつやり続けてマスターすれば、100分の1×100分の1×100分の1の人材になれるという話だ。
(藤原氏の最近の本には結構載っています。 参照:  http://logmi.jp/94488

私はこの考え方にはかなり共感しており、これから先はこうやって生きていかないと生き残れないとさえ正直思っている。それで、自分自身もあるタイミングと重なり今の仕事を辞める事になったのだが。

こういう考えはまだまだ主流ではないので、現状維持を望む人たちが多いと感じる。
実力もないのに、運良く大企業に入れてしまった人たちがしがみつくのは仕方ないと思うし、家族がいたら守るために安定を望むのは仕方ないと思う(その他、子育て中の育児をメインにしながら働く人、介護も同じ)。でも、せめて社内で違う部署で違うスキルを上げてこようとか、場合によっては新しい何かを得るために転勤を希望するとか駐在を希望するとかでもいいと思う。身軽な人なら尚更そうする方がいいと思う。 

学生においては「これから先の事が想像できないからとりあえず条件のいい会社に就職したいと思う」のには本当に残念と思う。自分もそうだったから特に思う。 
もっと、あの時自分に知識があれば就職活動も行き当たりばったりにはならなかっただろうなと思うのだ。

私は子供が生まれて初めてちゃんと経済や政治の事を知ろうと本を読んだりし始めた訳だが、そう言う知識がある今だと、その時と見えるものが違う。
例えばわかりやすい話にすると、7年前、夫がもし中国やインドに駐在になったら「絶対嫌だ!」と思っただろう。
でも、今は知識があるので「それはチャンスだ!」と思えるもの。
(ここ数年は更にグローバル化が加速しているので、あまりこの例は適切ではないかもしれないが)


知っていれば、チャンスに変えられた事を、知らない事で逃す事になるという恐ろしい現実がある。
わかっていれば、今の少しの苦を選択する事で未来に見返りがあったりするのに。
(やりたい事が決まっていて、その道を極めたかったりするのならまた話は別なのだが)

知識のない就活中の学生にしても、社会の事に興味がない社会人も損をしているとしか思えないし、そういう人たちを使って企業を成長させたい経営側の苦悩も残念すぎる。
そう思うと、社会人になる前に社会のいろんな知識はあるに越したことがないと思う。

ただ、やはり、学ぶという事は楽なことばかりではないので、無理矢理やると辛いもの。
大学生になって急に始めるというのは非常にストレスがかかるし、我慢してやると嫌いになる。
そう思うと、「小さい頃から学ぶことが楽しいと思えるようになって欲しい」
又、社会の事(経済、政治、他)を早くから知る事は大事」と私は強く思うのだ。自分も小さい頃から学ぶことが楽しかったら人生変わっていたと思うし。

最近「英才教育」や「幼少教育」についての著書を読んだりするのだが、「私がやりたいのはこれじゃないな」という事がわかってきた。そういう本を読んでいて違和感を覚えてようやくわかってきたのが、今回ここで話している事なのだ。

前々からなんとなくずっと思って来たが、英才教育とやらでいくら天才になっても、その分野のニーズがなければ仕事はないだろうし、仕事がなければ食っていけない。逆に英才教育なんて受けなくても、知識が多く、そこから予測できれば道は開けるものだったりする。

やりたいことが小さい頃から決まっている人は関係ないが、決まってない人の方が多いだろう。

その時に、こう行った社会が必要としている仕事で、且つ、これから先伸びそうな分野だったり、欲しがられる技術やノウハウというのを身につける事が先程の藤原氏の「レアカード」への道となるのだ。

この「レアカード」になる為には、やはり社会の事を知る必要がある。

逆に、社会の事を知って先を読んで、その道で最先端をやっている企業で働き技術を身につければ、欲しがる企業は多いので、より「レアカード」になれるチャンスはある。

エンジニアが多い会社にいるだけに、技術者の人こそ、こういった「社会でこれから必要とされる技術」について意識した方が良いのでは?と思っている。

なので、就活するよりもずっと早くから社会の事を知って意識した方が社会に出る時に困る事がないのは勿論の事、寧ろ社会で挑戦したいなと思えるベースが作れるのではないかと、思う。

又、知る事学ぶ事を楽しいと思えるベースを作っておければ、将来どんな仕事に都合が突き詰められるのかなと思う。

という訳で、私は幼少時の英才教育などより①社会を知る事 ②学ぶ楽しさを知る事を大事にしたいなと思っている。


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2016年12月07日

息子が「もし戦争に行かなきゃならなくなったら何歳からなの?」と怖がって聞いてきた事

最近息子は一人でお風呂に入っている時間に、
「日本がもし戦争する事になったらどうしよう?」
など考え、勝手に怖がっているようなのだ。

それで、
「もし戦争に行かなきゃならなくなったら何歳からなの?」
と聞かれた。
憲法9条の事や改憲の事など何かの度に話しているからか、恐怖を抱くようになってしまったようだ。

「たぶん行くことはないと思うけど、もし戦争に行けるとしたら高校生くらいからじゃない?」
 と答え、それについて色々話してあげた。

もし、日本人が戦争に行く必要が出てきた場合、自衛隊なのか軍隊なのか未来のことはわからないが、誰も行きたくはないので、アメリカ軍のように国からの手厚いサポートが出て、貧しい人が軍隊(or 自衛隊)に入って戦争に行くのではないかな?と伝えた。お金がなくて大学に行けない子が「軍に入ったら大学へ行くお金を出しますよ〜」とか言われたら「じゃあ行こうかな」ってなるかもしれないよね?と。

未来はどうなるかわからないから日本も戦争をするようになるのかはわからないけど、息子が中学高校へ行く頃には将来の夢を見つけられて、たくさん勉強してその夢を叶えて、お金を稼げるようになっていれば、軍隊(or 自衛隊)に入らなくて済むんじゃない?とか、職がなくて食べていけないとかじゃなければ進んで軍隊(or 自衛隊)に入らなくてもいいと思うから、その為に今から色々勉強して、どんな会社でも働かせて貰えるように頑張ればいいんじゃない?と伝えた。
息子も戦争に行きたくはないので勉強しようと思ったようだった。

戦争なんてあって欲しくないものだ。

それから、息子は戦争の戦闘について、昔の戦い方をイメージしているのだろうと思ったので、ゲームをするように遠隔地からミサイルを操作して落として人を殺す、そういう戦争が増えていくのだろうという話もした。

「戦争に行きたくないから勉強する」だなんて、
なんだか大変な時代に突入している感があるな。



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2016年08月07日

「うちは女の子だから、そこまで(勉強とか学歴とか)しなくていいかなーと思う。」冷静に考えたらその発想だとその子の将来危なくない?

「うちは女の子だから、そこまで(勉強とか学歴とか)しなくていいかなーと思う。」と、友人に言われた。
私もその時は「そうだよね」と言ったし、そう思っていたんだけど、これって実際には冷静に考えたらその子の将来ヤバくないか?と。

因みにうちは下の子は女の子で2歳半。
自分が仕事をしていて思うのは、女性こそ手に職をつけたり、育児しながらでも男性並みに稼げたりできないとこれからは更にやっていけないなと思うもの。
だから、女の子なだけに、上の子(男の子)以上にシビアに考えているところがある。

「自分は結構変わっているから、そう思うのかもな」と思っていたけど、冷静に考えたらやはり
「女の子だからと悠長にしていて良いのか?」「いや、よくないだろう」と思えてきたのだった。 


①男性の収入の伸び
すでにそうなってきているが、昔に比べたら男性の収入が上がりにくい。なので、奥さんの収入が必要なのは目に見えてわかる事であり、専業主婦になれる人は更に減ると思われる。

それだけの収入を稼いでくれる男性と結婚できる確率は更に低くなるだろうし、仮にそのような収入の方と結婚できたとしても、稼いでくる方に主導権を握られ自由を失うかもしれない。最悪離婚した後生活できるだけ稼げるのか?


②女性は子供を望むと仕事から離れる時期が必ずあり、そこで男性社員との差がかなり広がる
又、普通に就職していても女性は出産育児があるので、結婚相手にもよるが基本的には会社で出世は難しい。

仮に同じ能力の男性がいたとしよう。その場合、その男性は出世できるが、育児をメインでやらざるを得ない女性は子どもが大きくなるまで出世は難しい。

どんどん差が広がるのは誰が見てもわかる。

更には収入。
育児をする為に残業できないので収入は同じステータスの男性より低くなる。
そう考えると、男性は頑張れば何とかなるが、女性は頑張るタイミングに頑張れない状況がある。

国が労働時間に関して、かなり厳しく取り締まるような社会にならない限り、女性が子供を持った上で平等に戦う事は難しい。

短い時間で効率よく働ける人が評価されるべきだという議論は良くあるが、会社側から見たら利益をもたらしてくれれば結果的には効率なんて極端な話どうでも良いところだと思う。
企業は利益をあげ続けないと存続できない。成長できない。成長しないと社員への給与を上げることもできない。

そういう事を考えると、企業単位で残業を完全になくし、すべての社員が同じ時間しか働かせないという事は出来ないだろうし、すると育児をする(介護もそうだが)社員、すなわち労働時間が短い社員にとって不利になる状況は変わらないだろう。

それ以外に「効率」だけが良いとされない職業もある。クリエイティブな職業には余分と思われるような時間も大事な時間だ。面白いものを生み出すためには効率効率といって無駄を排除しすぎても生まれない。きっとそういう職業の労働時間を必要以上に短くすることはできないだろう。


予め不利になる事が分かっているのだから、女の子はそれを想定した上で、男の子以上に何かスキルなどを身につけておく事が大事だと思う。保守的な子なら尚更、子供のうちに親が将来希少価値が高くなるだろうスキルを予測してそれを身につけさせておく必要があるかもしれない。
女性は子供を望むのであれば、がむしゃらに働けなくなる時期が必ず来る。(育てるのは男ができても産むのは女性だし。)そこを見越して何か続けられる事を考えておく必要があると思うのだ。

「女の子だから、家政科でいいや」とか「女の子だから短大でいいや」とか、そういう安直な考えでいると将来お子さんが大変な思いをするだろう。そんな時代にどんどんなりつつある。
もちろん、「家政科」だって、「短大」だって、将来を考えた戦略や目的があって行くのならそれは良いと思う。ただ、昔みたいに「女の子だから」という理由でそういう道を選んでその先の道はあるとは思えない。

その代わり、逆に昔は「子供の頃の夢なんて叶わないよ」って言われていたような「お菓子屋さん」だとか「お花屋さん」とかでも魅力的なもので多くの人が欲しがっているサービスだったりすればお客さんは全世界の人となるので実現できないものでもない。(お花屋さんは生物を扱うので、全世界と言うより日本全国といったところか)
なんとなく、「女の子だから」といった理由で適当な大学や学科に行かせるのはお金の無駄だ。ならば、子供夢見たいな夢でも、プロフェッショナルとして目指したいものを目指して、それをいかにビジネスとしてやっていくかを学べる場へ進むのが良いのではないか?と思う。
 


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2016年07月30日

「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」それが子供の将来を切り開くきっかけとなるから!

最近色々悩む事がある。
やはり、反復を伴う勉強と言うのはつまらないし辛いもの。怠け者にとっては間違いなくやりたくないこと。

息子は反復練習が好きじゃない。
これをやらせるのは親が色々努力しないと上手くいかない。
親のコンディションが悪いと見てあげられなかったりするわけで、自分から進んでやれる子など一握りなわけで、1人でやる事を最初から望むことはできない。

一緒にやっても文句は多い。
「つまらない」だとかまあ、当然。
自分も反復練習的な勉強はつまらなかったと強烈に記憶している。

どこの家でもよくあることだと思うが、
「勉強したくない」と言われたりして、「本当に勉強しなくていいのか?」悩むことについて、一つのある結論にたどり着いた。
それが、 「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」である。

普通なら、「読み書き計算だけはやらなきゃだめだ」というだろう。
子供が嫌がる「読み書き計算」。反復ばかりで一部の人以外は面白いと思わないのが一般的な勉強。
でも、これってすごく基本で大事と言われている。ここだけは押さえろと。

本当にそうなのか?
冷静に考えると、「読み書き計算」って後回しでもよくない?と思えてきた。
確かに本当に最低限の「読み書き計算」はできないとまずい。

本を読めるレベルの「読み」 
名前をかけるくらいの「書き」
足し算ができるくらいの「計算」

これ以上のことはやらなくてもいいのではないか?と思わず思ってしまったのだった。
だが、絶対外してはいけないのは「理科(日常の自然科学)」「社会(政治、経済など)」「読書(漫画でもいい)」かなと。テストの点とかを取れということではなく、「理科」「社会」に関しては知識として知っておくことだ。ただ覚えるだけならやらないほうが良い。

どうしてこの3つなのか?
物事に興味を持つこと、「どうして?」と思うことを「理科」「社会」の教科から学べる。
 こういう「どうして?」と思う事が学びにつながる。そして、いつか理系の仕事に就きたいと思ったり、社会問題を解決するためには、理科や社会科の色んな知識が必要で、さらにそれを支える国数が必要となる。

中学、高校生くらいになった時、「この職業に就きたい!」とか「この社会問題を解決したい!」とかそういう動機が一番大事だと思うのだ。そして、そういう動機さえ持てれば、必死に国数も勉強しなきゃならないと腹をくくれるので、たとえ、国数がかなり遅れていたとしても、死に物狂いで努力すれば取り戻せるのだ。その死に物狂いで勉強するパワーをくれるのが「理科」「社会」「読書」からの「きっかけ」だと思う。

「将来こういう仕事をしたい!」
「こういうものを作って人の役に立ちたい!」
こういう純粋な気持ちをもたせてくれるのが 「理科」「社会」「読書」だと思う。
そして普通に楽しい。世の中を知れて楽しいし、ひっきりなしに世の中に対しての疑問が湧いたり答えがあったりする。息子は「生活科」が好きだと言っており、新聞記事の内容やニュースにすごい興味関心を持っている。

ただ、単に「国語」「算数」ができるようになっても「一体何の役に立つのか?」見えにくい。
さっきあげた最低限の「読み書き計算」ができればそれ以上の難しい問題を解くことに意味を見出すのはとても難しいこと。意味が見出せないもののために鍛錬していくのはとても過酷で、根気がないと続かない。勉強が嫌いになる。勉強はつまらないものだと勘違いさせる。

もちろん、「国語」「算数」の問題を解く楽しさだとかそういうのは別に伝えていく必要はあるとして、生きる上で直結しているのは「理科」「社会」の方だと思う。そして「読書」が世界を広げる。

だから、私はもし、息子が本当に「もう勉強やりたくない!」となって、私も日頃の疲労などで勉強をやらせる気力がなくなったら「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」という方針で、新聞を毎日一緒に読む事や読書をたくさんさせることは継続しようと思う。でも、その時は計算や漢字は捨てるかもしれない。

以前、「サドベリー・スクール」についての講演会に行ったことがある。
本田健さんのお子さんがサドベリー・スクールに通っており、本田健さんと吉本バナナさん(吉本さんのお子さんも通っている)が対談したり、実際に通っているお子さんや親御さんがどうなのか?話してくれたり、「サドベリー・スクール」を紹介するといった感じの内容だった。

「サドベリー・スクール」では一切勉強を教えない。やらせない。自分たちで話し合い決める。
だから、読み書きを最初からやる普通の学校とは違う。
好きなことをやる。だから、「毎日ゲームばかりやってました」という子が多いそうなのだが、やはり人の作り物はやりこみすぎると飽きがくるようだ。そして、自分から「ドリルやる」と言って漢字ドリルとかをやり始める日が小学校中高学年くらいになると来たりする子が多いと。
学校で教えてもらわなくても、読み書きはできるようになると言っていたのは印象的だった。
そうやって、沢山時間があると自分と向き合う時間が増え、そこで「本当は何をしたいのか?」というもがきが始まるらしい。そこで本当に見つかった夢というのはすごく大きいようでそこから本気で勉強し始めるというのを聞いた。ある意味非常に理にかなっていると思うところがあった。

そういう話を聞いているからかもしれないが、やはり読み書きといった単純反復作業の伴う勉強は「やろう!」と自分が思った時からで遅くないのかなと思った。15歳の子と35歳の大人が同じように勉強し始めたら15歳の子の方が記憶力が良かったりするケースは多いと思うが、一般的に20歳までなら体は成長し続けるのでいつ初めても遅くないのかなと感じる。やると決めてからでも遅くない。

やるきっかけがあればやるのだろうけど、そのきっかけというのは普通に生活していても中々見つけられない。大人だって、「自分が何をしたいのか?」わからないまま生きている人がほとんどだ。
きっかけが非常に大事だと思う。サドベリー・スクールは圧倒的な「退屈な時間」と向き合うことで自分と向き合うことになるという。普通の学校に通っている場合はどうか?圧倒的な「自由な時間」はないといったところだ。 そういう生活の中で自分を見つめたり、世の中の矛盾を感じる為にはやはり、日々新聞に書かれていることを知って驚いたり、本を読んでショックを受けたりする事が大事だなと思うのだ。それがきっかけになるから。

だから私は 「勉強は捨てても、理科社会読書は捨てるな!」という方針で行こうと決意したのだった。


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2016年07月25日

親のエゴではなく、子供の将来のためにも子供におしゃれをさせよ!

子供のビジュアル、つまり見た目、服装髪型色々。
これって気にする親と気にしない親がいる。私はバッチリ決めすぎたり、やり過ぎは好きじゃないけど、カッコよく見える、可愛く見えるように髪型や服装を多少コントロールしてあげるのは大事かなと思っている。

服に関しては、子供たちの中でダサくないものを着てればよい。あとは似合う色を着せたりとか。
女の子なら今風のものを着させれば良い。

■そして、大事なのはやっぱり髪型かな?と思う。
それは、髪型って、大人もそうだけど、髪型が変わるだけで3割り増しに見える事が多いからだ。

2歳くらいの子はまあ良いとして、幼児くらいになったら前髪パッツンも大人から見たら可愛いけど、少しすいたりして大人っぽくしてみたら?とか、丸坊主や角刈りはもう少し伸ばしてみたら?坊ちゃん刈りはもう少しすいたら?と思ったりする。

自分が小1の頃、マルコメやスポーツ刈りの子は結構いたけどかっこいいと思わなかった。笑
(イケメン君はスポーツ刈りでもモテたけど   あと、本当のスポーツマンは髪型関係なくモテた。私はスポーツマン好きじゃなかったが。)

これはあくまで私の趣味かもしれないけど、たぶん同一人物の髪型が違う写真を並べてみたら一目瞭然だと思う。


■どうして、私が「親のエゴではなく、子供の将来のためにも子供におしゃれをさせよ!」と思うのか。

それは、かわいい方が、かっこいい方が自信が持てるからだ。
 そして、可愛く見える、かっこよく見える容姿はやはりモテるモテないに多かれ少なかれ影響する。

人間誰しも人から好かれると嬉しいし何より自信に繋がる。
逆に、小さいうちから全く恋愛と無縁すぎる場合、或る日突然得意になる事は稀だ。 

モテる子は恋愛に積極的になれる。逆にモテない子は「恋愛に無縁な状態」だ。それを親が作っておきながら、「なんであんたこの歳になっても結婚しないの?」なんて言えるだろうか?いや言えないだろう。 だけど、学力アップの為に必死に教えるけど、モテ力アップの為に何かを教える親は少ない。
 
元々性格的に放っておいてもモテるタイプや積極的なタイプは容姿に気を配らなくても良いと思うけど、そうじゃない場合、少しでも見た目をよくしておいたほうがモテるわけで、モテるとやはり自信に繋がる。この「自信」が大事だと思う。「自信」は「勇気」にもなるし、「挑戦」にも繋がる。

そして、恋愛をすると1人の相手としっかり向き合えるから自分以外の人間というものをじっくり理解できるわけで、それは生きる上であるに越したことのない能力だと思う。相手のことを思ったり、考えたり、これって仕事でもなんでも必要な力だと思うのだ。 
だから恋愛から程遠くならないように、容姿はそれなりにしてあげた方がいいよね!と思う。 

特に内向的な子の場合、恋愛がほど遠い。容姿が良かったり、雰囲気があったり、スポーツが得意だったり、面白かったりと小学生のうちはそういうのでモテるモテないが決まる。勉強できてもモテるわけではないのが現実だ。

だから、そういうモテポイントがないお子さんの親御さんはお子さんの見た目をよくしてあげると、それだけでかっこよく可愛く見え、それでもし、告白されでもしたらその子に自信をつけさせてあげられるので是非髪型がだけでもかっこよく、可愛くしてあげたらいいのではないか?

小さいうちから自分はもモテないと言うセルフイメージを持ってしまうと、なかなか挽回が難しい。元が良ければ大学生くらいで、頭が良ければお金を稼げる職業についたらモテ期が来るかもしれないけど、そこまでは長すぎると私は思ってしまう。

後、今は2次元で疑似恋愛を楽しめるゲームなどもいろいろあるので、高校生くらいになって、そっちの道で満足しちゃうと、現実世界の方は面倒だからと更にリアルな恋愛などから遠のく人もいると聞く。

色々経験した上で生涯独身を選択するのは良いとして、結婚したくても結婚できないのはやはり親としてもなんとかしてあげたいと思うものだろう。
でも、それって恋愛結婚が一般的な社会では、大人になってから親が何かしてあげようと思っても、何も力にはなれない。できる事があるとしたら時代にそぐわないが、お見合いさせるなどするくらいだろう。


■私が早いうちからオシャレを進める理由がある。
中学生くらいになると、男の子も私服はオシャレをしているように見える。街を歩いているとそう思う。だけど、髪型がいけてない。よく思う。
そして、一部の子は変わりたいと、中高でイメチェンしたりするんだけど、かれこれずーっと見た目を気にせずにいた子はその姿を変える勇気がない。かっこよくしている子に憧れてもなかなかできない。

英語の早期教育について思う事」の記事でも書いたが、中学生になってからいきなり英語の発音をしなさいとなっても、英語の発音をする事がかっこ悪くて気持ち悪い。だから、そんな事を思わず、ふざけて英語の真似をできるくらいの幼少期から英語はやった方が、拒絶反応なく学んでいけると言うのと同じで、オシャレもある程度幼少期からした方が、恥ずかしいとかそういう抵抗なくできるんじゃないか?と思うのだ。

例えば今風の髪型にしたとしよう。
小さいうちならからかわれない。
周りも羨ましいとか思わないから、妬んでからかってくる子もいないだろう。

でも、ちょっと大きくなってから同じ事をやると、妬みなども混ざって、おちょくられる。それを見てる友達は皆おちょくられるのが嫌で、憧れても自分はやろうとしない。多分そうなるのが予想される。

だけど、実際はそこを突破した者や、くぐり抜けてきた者だけが女子にモテたりするのも事実だ。

そう考えると、小さいうちからそういう髪型にしておけば「裏切り者!」と足を引っ張られる事なく過ごせるのではないかと思う。
もちろん髪型だけではないが、中学校は制服だし、髪型をカッコよく可愛くしただけで3割り増しが実現できるのだからやった方がいいに決まっている。


■自分たちの子供の頃を思い出してみよう!
容姿に全く気を使わない、元もよくない、性格もパッとしない、女子と話したりもしないそんな男の子好きになったりしたか?
愛嬌もない、見た目も可愛くしていない、社交性もない、静かな女の子を好きになったりしたか?
ま、色んな趣味の人がいるから中にはこのようなマイナータイプを好きになる人もいたと思うけど、だいたい人気のある子というのはそれなりに見た目を良くしているor元が良い。(性格でめっちゃモテる子はそりゃいたけど。その人には並外れた能力があったわけだ。)

大人になれば、「人は見た目じゃない」と言える面もある。見た目以上に良いものがある人にはそれは言えるけど、性格的にパッとしない場合は見た目でなんとかするしかない。性格より見た目を変える方が簡単だ。でも、大きくなってからだと見た目を変えるのも簡単ではなくなる。そういう意味で幼いうちから大きな力を必要としないうちに見た目を良くしてあげる事ってある意味大事かなと思う。 


■そうそう、子供のヘアカタログまとめ等がweb上にある。
http://matome.naver.jp/odai/2134408856043012001 など。 
ちょっと行き過ぎの髪型も多いが、中にはちょいかっこいい感じのものもある。
もし美容院に行っているのなら、こういった髪型にしてもらうのは良いと思うし、家で親御さんがまねして切るのもありだと思う。
動画も色々出てくるし、子供が小さいうちなら多少の失敗も許されると思う。(笑)
お金をかける必要はないが、子供の見た目に気をかけてあげるというのは大事だ。

うちの場合、息子がお風呂で髪の毛をいじりながら鏡を良く見る時期が年中ごろあり、 そのタイミングでwebの男の子のヘアカタログを見せて、その中から気に入ったものを選んでもらい、いつも通っていた美容院(2000円前後で子供は美容院で切れる)でその髪型をお願いした。それからはずっとその髪型。(私は1000円カットで良いと思っているが、夫が「息子は髪の毛が柔らかいし少ないから美容院で切らないとカッコよくしてもらえない!」という理由で高いが美容院へ通わせている。)

それ以前とそれ以降で、あどけなさが違う。(笑)
それ以前は「可愛らしい」。つまり幼い感じだ。
それ以降は「生意気そう」な感じがある。(笑)

だが、友人知人から (大人)「かっこいい髪型、どこで切っているの?」と聞かれたことが数回ある。
客観的に見てもその髪型は割とよく見えるのかな?と思う。(伸びてきたり、切った直後などはコンディションの良し悪しあるけれども)
おばあちゃん(私の親)にも「あら、〇〇くん、なんか今風の髪型じゃない?」と言われたが、私は「これからの世の中厳しいから、まともにお金も稼げるようになれるかもわからないし、せめて見た目を良くしておかないと結婚してもらえないから」と言ったら、「そうだね(笑)」と納得してくれていた。 おばあちゃんが見たらやっぱり「今時の髪型を幼児がなぜ?」って思うだろうから。

実際の所、このお婆ちゃんに伝えた内容は強ち大袈裟でもなんでもないと思っている。

というわけで、子供にオシャレをさせる事は悪い事ではなく、寧ろメンタル面に良い影響をもたらすと言いたい。

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■プロフィール
saya
2児の母、教育ママ、
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家事嫌い、改善好き

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